Monday, October 09, 2006

国旗と国歌

「国旗や国歌への敬意を払わなかったから、処分された」、は違法かどうかで、裁判闘争中だったが、9月20日、その処分は違法と結論が出た。

そのことに関し、小泉の見解は、「国旗や国歌への敬意は、法律以前の問題」、ということだった。

小泉さん、あんたの立場で、よくもそんなのんきなことを言うもんだ。

国旗掲揚に反対した人、あるいは、国歌斉唱に拒否した先生は罰せられたんだ。

戦争に引っ張られて、無残にも死んだ家族は、国家を歌いたくない人もいるんだ。

悲しい過去を持つ人にとって、苦痛であるということを認識すべき。

今回の裁判は、人間的に、いい判断だと思う。

一度犯した罪のある国の国歌あるいは国旗を、一度国民投票で意見を聞くべきだと思う。

それでも、国歌を歌わない人が罪になるのは、やはり、おかしい。

Sunday, October 08, 2006

時効は何のためか?

私は、時効について真剣に考えたことはなかった。
映画では、時効をテーマにしたものはあったが、自分が被害者の家族ではないし、当然、加害者になったこともなかったから。

しかし、今回のケースは予想もしていなかった。

1978年に東京都足立区立小学校の教諭・石川千佳子さん(当時29歳)を殺害し、26年後に犯行を自供してきた。

この時から、時効が話題になり始めた。

この自首した男が、本当に改心して品行方正な男なら、まだしも、態度、言葉が悪い。そのため、殺された家族は持って行き場のない苦しみを抱えるに至った。

時効20年とはどんな意味があるのだろうか?

専門家の話では2つの理由らしい。
一つは、20年も犯人探しをしていると、経費がかかりすぎるという警察側の理由から。
もう一つは、それから裁判を開いても、立証が難しいという、これまた警察側の理由。

被害者側の立場で言うなら、時効なんて意味がない。
殺人を犯した人間がのうのうと生きていることなど考えたくもない。
絶対に時効は廃止すべき。

一方、犯人の立場で考えてみると、20年間逃げとおせるなら、自分の日の目を見ることができると思うと、逃げようという気になる。
ところが、時効がなくなれば一生逃げなければならない。これは少ししんどい話。
だから、自首しようとするかどうかは疑問だけど。

ところで、一般人の考え方は、警察の理由で時効があるとしたならば、即刻廃止。
しかし、経費や証拠の問題があるとすれば、ムニャムニャ。

ムニャムニャは、やはり、まずい。
そこで提案。

現実的に問題解決を優先に考えるとすれば、犯人逮捕を優先すべき。
かといって、無罪放免は許されない。
その犯人は、一生、被害者の家族には何らかの形で償わなければならない。
そこで、仮に自首してきたら、減刑処置を施す。死刑を無期懲役に。

考えてみると、この世の中に逃走している犯人が多くいることは問題。
彼らは、いつ、次の犯罪を起こすか解らない。早く隔離すべき。
この考え方を徹底するならば、アメリカで行っている司法取引は、実は重要なことだと思う。

日本人は、とかく減刑に対し、否定的な見方をしているが、犯人逮捕を第一義に考えるべきだと思う。

Friday, October 06, 2006

癖のある男

今日の新聞に出ていたテレビ朝日の59歳の編成制作局チーフプロデューサーの話。
番組制作に絡み、架空の外注費を計上し、3年間で1億3700万円の所得隠しが発覚した。

こんな男は実はどこの会社にもいる。

俗に言う”癖のある男”。

私は、元勤務していたところで、二人いた。
二人とも、喧嘩っ早い。
ところが、内心は臆病者。
臆病ゆえに、声で脅し、狡猾にわなを仕掛ける。
一旦、自分の隠し事を暴く人間が出たら、徹底的にその人間の追い落としを図る。

一人の人間は、会社から接待の名目で現金を持ち出す。当時、中国から多数のお客が来ていたから、その接待には多額のお金が必要だったのであろう。
社内で一時に、700万円の多額の現金をカバンに詰めていた。
その使途は不明。すべて、中国事情としてウヤムヤにしていた。

そのことで、一度私が疑惑の言葉を社内で発したところ、会社に来なくなった。
驚くことに、ホテルニューオータニに宿泊していたのだ。
その上司である部長はことの重大性は知りつつも、立場の弱い私に謝罪を要求してきた。
私は、頑として断った。誰の目から見ても変な実態。経理はそのことを指摘するも、猫の首にだれも鈴をつけないのである。

その時は、結局、部長が謝って、ことを内々に納めたのである。
当時、若かった私は、徹底抗戦をした。でも、結局その癖のある男に押し切られた。しかし、それから5年後、その男は罠にはめられ、失脚してしまう。哀れな最後であった。

もう一人の男は、さらに悪人。狡猾である。
表向きは、さも改革派。権力に対して闘う姿勢を示す。初めは、とかっこよく見える。しかし、裏では、ドロドロゲーム。特にこの男のメインステージは夜。
もともと酒好きの彼は、うってつけの夜の仕事。
厳しく、人の弱みに付け込み、脅し、最後は握手。
万が一、反旗を翻そうものなら、人前で大声で罵倒する。

会社内で大声で騒ぐやつには、誰も近づこうとしない。当然、いさめることなどしない。人を自分の傘下に入れることにのみ知恵を使う。
会社の金も使い放題。上司がいさめようものなら、上司すらも脅す。

大企業の弱さは、評判が落ちるということ。
すなわち、社内の事情を暴露するといったら、もう大変。
また、みんな紳士ゆえ、紳士的ディスカッションには何の問題もないが、喧嘩スタイルでやってくる人間には弱い。

どこにもいるワル。

しかし、そんなワルも時間が経つと罠が仕掛けれれて、いつの間にお縄になる。

可哀想な末路をたどる。これが世の慣わし。

橋のない川

昔、私が中学生の頃、”橋のない川”という映画があった。

まさに、部落民を扱った映画。
当時は、私の住んでいた町の周辺にも部落民はあったようだ。
しかし、そんなことを知らない我々は、あらためて部落問題を突きつけられてびっくり。

私がその問題を親に聞くと、指を口に当てて、
「シーッ」、と言う。

より詳しく聞くと、やれ、気がふれた子が多いとか、畸形が多い部落とか、そんな話ばかり。
結婚するときには部落民かどうかは必ず調べるとか。

私が、部落民はどうして部落民になったのかと、歴史的背景など、説明できる人は一人もいなかった。

だから、私は調べた。
歴史的に言うと、徳川時代の差別階級の最下層。
士農工商のうち、武士が一番偉く、次が農民。
当時の大半が農民。農民をベースに作った社会。
しかし、その農民も生活は貧しい。
厳しい年貢取立てに娘や子供を売らなければ食べていけない時代。

百姓一揆がいつ起こっても仕方がない有様。
そんな時、自分達の下に、人非人、エタといっ人間扱いされていない人種がいることで、自分達はまだましだと、思わせたのである。

その人非人は、関が原の戦いで徳川に反旗を翻した連中、あるいは、百姓一揆を起こした家族、など。

徳川時代が終わり150年が経過しても、一度押された烙印はなかなか消えない。

今日の新聞で、全国の被差別部落地名総鑑をおさめた、フロッピーが発見されたということが報道された。

大阪市内の信用調査会社に保管されていたという。
結婚の身元調査などに使われた可能性が高いという。

この情報が、インターネットで流れてしまったら、それこそ多くの人の不幸がまたまた、始まってしまう。

インターネットの時代、新たな危機が始まりつつある。

こころして、情報管理はしなければならない。

単に、営利に走ってもらいたくはない。

Thursday, October 05, 2006

ハマコーに吼えた。

昨日、テレビ朝日の秋の特番に、ありがたくも、ご招待を受けた。番組名は、「ハマコーの・・・」という番組?今月30日に放映とのこと。俺は、100人の観客の一人。周りは常連と思われるおばちゃま達。ゲストはいつも、TVに出てくる政治家の面々。中心はハマコー先生と頭の禿げ上がった三宅のおじさん。番組の内容は、誰がふさわしい総理大臣かという話。司会は浅草キッド。番組としては、結構面白かった。特に、消費税を上げるべきか?あげざるべきか?と言う議論。この問題は、概ね上げることは賛成。ただし、無条件にあげるな!あげる前に、もっと、公務員を減らせとか、公務員の給与を減らせとか、もっと、予算の使い方を考えてからにしろ、というごもっともな話。その話の中には、斬新な話は、何もなかった。こんなことなら、誰でも言える。お前ら、それでも政治家か?と疑問を思う。所詮こいつらは、サラリーマンに毛の生えた連中。チョット、いい大学に入り、資格を取って、選挙で当選しただけの連中。そんなことを思いながら、適当に楽しんでいた。 1時間も経った頃、「それでは、会場に来ているお客さんに、一言聞いてみましょう」と。 浅草キッドは近づいてきた。俺は早速、手を上げた。おばちゃん連中の中で、男はわずか。それもそうだろう。金曜日の午後、会社を抜けてくるサラリーマンなんていやしない。俺はすかさず、「みんなに聞きたい。どうして、この春、消費税を外税から内税に変えたんだ? 消費税を今から上げて、その消費税の意識をなくさせるためではないか?姑息な手段を使うな。それから、先ほど、ハマコーは国民はバカだから、消費税の使われ方を知らない。勉強しろと言った。それは、けしからん発言。お前ら、政治家が国民に解り易く説明すべき問題で、そんなことをせずに、国民はバカだとは何だ?」と噛み付いた。すると、そこにいた、永田と言う代議士は、「もともと、財務省はこの税金は事業税として、集めればいい話で、外税、内税と言うものには何も関心がなかった。」、と言った。永田代議士は、東大卒業後、大蔵省に入省したため、このことは確かであったろう。ところが、三宅がそのことを噛み付いた。「消費税は国民が払っているもので、事業税とは性格は異なる。あんたは、何年代議士をやっているんだ?」そういった後、俺に向かって、三宅が面白い話をした。「あんたねぇ、どこの外国が外税を採用していると思うか?どこもないよ!15%も消費税としてとっているといって、大暴動になるぞ!」三宅、あんた、俺を脅かしてどうするんだ?政治家は財源確保のため、消費税を15%しなければ、この国はやっていけないんだ、と国民を説得するのが勤めだぞ。暴動になるから、国民に意識させないようにする?あんた、それでも、日本を代表する評論家か?評論家は、政治家のあるべき姿を、問いただすのが仕事だろ?あんたが、政治家の手先になってどうするんだ?俺にとっては、この瞬間の二人の対応が一番面白かった。もっと、やりたがったが、時間の都合か?ディレクターが方向を変えてしまった。編集で、この部分をカットしてみろ、承知しねいぞ。 今回は、ブログ初めての登場。お粗末様。